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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2325号 判決

控訴人 株式会社関東マツダ

右代表者代表取締役 岩本銀次

控訴人 木崎芳雄

右両名訴訟代理人弁護士 上原豊

梶原等

右訴訟復代理人弁護士 佐藤皓一

被控訴人 横田正雄

〈ほか一〇名〉

右一一名訴訟代理人弁護士 二神俊昭

石田啓

小林実

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(一)  控訴人らは、各自被控訴人らに対し、各金七二万四六二〇円及びこれに対する昭和四七年一〇月八日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を被控訴人らの、その一を控訴人らの各負担とする。

三  この判決は、主文第一項(一)にかぎり仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一(ただし、原判決四枚目表七行目に「同月」とあるのを「昭和四七年二月」と、一一枚目裏六行目に「國雄」とあるのを「國男」とそれぞれ訂正する。)であるから、これを引用する。

(被控訴人らの主張)

仮に、本件事故と亡横田十三雄の死との間に相当因果関係が認められない場合には、次のとおり主張する。

一  十三雄の死と本件事故との間には、条件的因果関係が認められる。そして、相当因果関係の存否につき証明が十分でないとしても、証明の程度(八割を下らない)に応じて賠償請求が許されるべきである。

二  十三雄の生前における奇怪な行動は、死にも比すべき苦痛を同人に与えていたのであり、右慰藉料額として一〇〇〇万円を下ることはない。

三  十三雄は、本件事故により脳てんかん性の器質的障害を受け、いずれてんかんの持続性精神症状を呈する高度の蓋然性を有していた。このような人間を雇う企業は有り得ないから、同人の労働能力喪失率は一〇〇パーセントに近いというべきである。

四  逸失利益の算定に当っては、少くとも口頭弁論の終結に至るまでの賃金等の上昇を考慮すべきところ、本件事故当時(昭和四六年一月)から昭和五〇年までの賃金の上昇率は八〇パーセントであるから、十三雄の昭和五〇年以降の逸失利益は月額一八万円を下らない。

(証拠)≪省略≫

理由

一  被控訴人ら主張の日時場所において、国道一六号線を西進する控訴人木崎運転の甲車(普通乗用自動車)と十三雄とが衝突又は接触する本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。

右事故につき控訴人らが運行供用者として責任を負担することについての判断は、原判決一三枚目表七行目以下一五枚目表四行目までの理由説示と同一(ただし、一五枚目表二行目に「被告会社」とあるのを「控訴人ら」と訂正する。)であるから、これを引用する。

二  そこで、事故の発生状況につき判断すると、まず、事故現場付近の状況に関する認定は、原判決一五枚目表六行目以下一六枚目表九行目までの理由説示と同一であるから、これを引用する。≪証拠判断省略≫

≪証拠省略≫に右現場付近の状況を総合すれば、同控訴人は、甲車を運転し、前記国道の中央線から約一メートル南側を、前照燈を下向きにし時速約六〇キロメートルで西進中、事故地点(右引用にかかる交差点内で国道の中央線から南に二、三メートルの地点)の約一五〇メートル手前で、前方交差点の東端付近を二、三人が右(北)から左に横断するのを認めて時速約五〇キロメートルに減速し、その後交差点の東南端付近に四、五人が立話をしている様子で集っているのを認めたこと、同控訴人は、事故地点の約一五メートル手前で、前記四、五人の集団の西方から、十三雄が北に向って横断する態勢で姿を現わしたのを認め、直ちに急制動をかけハンドルを右に切ったが間に合わず、甲車の左前部を同人に衝突させて約八メートル前方にはねとばしたこと、十三雄は、事故当時かなりめいていしていたことが認められる。なお、原審証人小暮正夫は、同人が、事故当時甲車と対向して自動車を時速五~六〇キロメートルで運転中、国道上約一〇〇メートル前方を左(北)から右に横断する三名位のうち最後の人が甲車と衝突するのを目撃した旨供述するけれども、≪証拠省略≫によれば、十三雄は、右事故により顔面・頸部切創のほか右大腿・右下腿切創を負っていることが認められ、また、≪証拠省略≫によれば、甲車のフロントガラスの左端部が破損し、左側のフェンダーミラーが内側(右側)に回転していることが認められるのであって、これらの事実に、木暮証人が目撃した本件事故は、かなり高速で進行中の車から約一〇〇メートル前方に見た瞬間的な出来事であり、また現場付近は余り明るくなかったこと及び控訴人木崎の原審・当審尋問結果を総合すれば、甲車の左前部が国道を南側から北側に向い横断中の十三雄の右大腿部及び右下腿部に衝突したものと認めるのが相当であるから、≪証拠省略≫は措信できない。

右認定事実によれば、控訴人木崎は、夜間明るくない国道を時速約六〇キロメートルで進行中、前方を横断する二、三人及び道路左端に立話をする四、五人の人影を認めたのであるから、立話の集団内又はその付近から道路上に進出する人のあることを慮り、速度を大幅に減ずるとともに、右集団付近の動静を特に注視する義務があるというべきところ、同控訴人は、時速を約五〇キロメートルに減じた程度で、左前方の注視を怠ったため、十三雄の姿を発見するのが遅れて急制動も間に合わず、本件事故が発生するに至ったものと言わざるを得ない。しかし、十三雄も、めいていしていたため、甲車が進行して来るのに気付かず、あるいは、甲車が交差点に進入する以前に国道を横断できるものと判断を誤り、甲車の直前を横断しようとした過失があることは明らかである。

したがって、本件事故は、同控訴人及び十三雄の過失が競合して発生したものと言うべきであるが、十三雄の過失が小さくないことを考慮すると、控訴人らの負担すべき損害賠償額は、財産上の損害のうちその六割に限るのが相当である。

三  ≪証拠省略≫を総合すれば、十三雄は、請求原因二のとおり負傷して治療を受けたこと(三井記念病院に通院したとの点を除く)及び請求原因三の日時場所で同人が縊死したこと、同人は、昭和四六年二月二三日まで狭山中央病院に入院および通院した後は、従前どおり東京都新宿区内のアパートに単身で生活し、格別の異状もなかったが、約一年後の昭和四七年二月一五日ごろ目的もなく大阪まで旅行した上、その記憶がはっきりしない旨を訴え、また、廊下で小便をしたり布団を破ったり異常な行動をするようになり、同月二五日国立東京第一病院で「頭部外傷、精神運動発作」の診断を受けて三月九日まで通院し、さらに、同年三月二七日三井記念病院で「頭部外傷後、精神運動発作及び異常精神活動」の診断を受けて同病院に入院したこと、精神運動発作とは、てんかんの一型で、「側頭葉てんかん」とも呼ばれ、側頭葉の異常によるものが多いが、精神運動発作の発作として自殺するということは医学上一般に否定されていること、三井記念病院脳神経外科の医師降旗俊明は、十三雄の初診時に同人の親族から聴取した患者の症状によると、右症状が精神運動発作ということでは説明し尽くされないのではないかと考え、「異常精神活動」との前記診断を付け加えたのであるが、右診断を下すにつき特に十三雄を診察したものではないこと、十三雄の精神運動発作は、本件事故による頭部外傷に起因する可能性を否定できないこと、降旗医師は、十三雄の治療を続けながら病名を追求して行く方針のもとに昭和四七年四月二二日同人を退院させたところ、その後十三雄は、被控訴人横田正雄方に身を寄せ通院しなかったが、死亡当日まで別段異常な行動はなかったことが認められる。

右認定事実によれば、十三雄は、本件事故による頭部外傷等の結果精神運動発作の症状を呈するに至ったものであり、右発作と本件事故との間には相当因果関係があると言い得るけれども、同人の自殺が精神運動発作の発作としてなされたものとは認められないから、右自殺と本件事故との相当因果関係は否定せざるを得ない。

四  損害額及び十三雄の相続関係についての判断は、次に付加するほか、原判決二〇枚目表七行目以下二二枚目表三行目までの理由説示と同一(ただし、二一枚目表三行目に「國雄」とあるのを「國男」と、同裏初行に「第四号証の一・二」とあるのを「第四号証の一、第八号証」と、二二枚目表三行目に「第六号証の二、三」とあるのを「第六号証の二ないし五及び弁論の全趣旨」とそれぞれ訂正する。)であるから、これを引用する。

(二) 逸失利益 九九四万〇一一八円

≪証拠省略≫によれば、十三雄は、昭和一四年一〇月一五日生れ(事故時三一歳二月、死亡時三二歳六月)で、事故以前は健康であり、ビルディング内装の大工仕事の下請をして月額平均一〇万円を下らない収入を得ていたが、特定の元請はなかったことが認められ、事故後死亡までの間前記入院・通院以外の期間に就業できなかったことを認めるべき証拠はない。また、昭和四六年賃金センサス第一巻第二表による産業計、企業規模計、学歴計、三〇歳ないし三四歳の男子平均給与額一二七万円に対する昭和四九年賃金センサス第一巻第一表による同給与額二一六万七〇〇〇円が約一・七倍であること及び十三雄の前記職務形態を考慮すれば、同人の昭和五〇年一月一日以降における収入は月額一五万円を下らないものと認められ、同人の精神運動発作による労働能力の喪失割合は、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表(同人の障害は第七級の三に該るものと認められる)及び労働省労働基準監督局長通牒別表第一による労働能力喪失率表(前記等級に対応する喪失率は五六パーセント)を参考とし、六〇パーセントと認めるのが相当である。

したがって、十三雄が本件事故に会わなければ、昭和四九年一二月末日までは月額一〇万円の、昭和五〇年一月一日以降六三歳に達するまでは月額一五万円の各収入を得たものというべく、右事故による同人の労働能力喪失額は、昭和四九年一二月末日までは月額六万円、昭和五〇年一月一日以降六三歳に達するまでは月額九万円となるから、右金員より、前記収入に対する生活費の割合として相当と認められる二分の一を控除した純利益を失ったこととなる。

そこで、本件事故後死亡まで一年三箇月余のうち同人の就業不能と認められる四箇月間の喪失所得四〇万円及び死亡の翌日以降六三歳までの喪失純利益の死亡時における現価の合計を月別複式ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して算出した額の総計は、左記のとおり九九四万〇一一八円となる。

100,000×4=400,000 (1)

60,000×1/2×29.9804=899,412 (2)

90,000×1/2×(221.9961-29.9804)=8,640,706 (3)

(1)+(2)+(3)=9,940,118

(三) 慰藉料 一三〇万円

本件事故の態様、十三雄の過失・受傷内容その他前に認定した諸事情を考慮すると、同人の受傷(死亡の点を除く)による精神的苦痛を慰藉するためには一三〇万円が相当と認められる。

(四) 弁護士費用 七〇万円

弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、本件損害賠償の任意支払を受けられなかったため、本訴の提起・追行を二神弁護士らに委任し、相当額の費用・報酬の支払を約したものと認められるが、本件訴訟の経過、後記認容額等を考慮すると、控訴人らが賠償すべき弁護士費用の額は、被控訴人らに対し計七〇万円が相当と認められる。

(五) 過失相殺及び損害の填補

前記(一)(二)の合計一〇三三万四七一二円につき十三雄の過失を斟酌すると、控訴人らの被控訴人らに対する賠償額は、その六割に該る六二〇万〇八二七円となり、これに(三)の一三〇万円を加えた七五〇万〇八二七円から当事者間に争いのない填補金二三万円を控除した残額七二七万〇八二七円に(四)の七〇万円を加えた七九七万〇八二七円(被控訴人ら各自につきその一一分の一に該る七二万四六二〇円。円未満切捨。)が控訴人ら各自が被控訴人らに対して負担する損害賠償債務の総額である。

五  結論

以上の次第で、被控訴人らの本訴請求中、控訴人らに対し各七二万四六二〇円及びこれに対する訴状送達の翌日(控訴会社については右送達の後)である昭和四七年一〇月八日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので、これを認容するが、その他は失当として棄却すべきものである。

よって、これと趣旨を異にする原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担及び仮執行の宣言につき民事訴訟法第九六条、第九二条本文、第九三条一項本文、第一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 田畑常彦 宍戸清七)

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